白刃の滝から浮かび上がる
メグたちを先導する髪を耳元で切りそろえたのが不動、後ろを守るようについてきている頭を短く刈り眼鏡をかけたのが西蔵と名乗った。
不動は扉を開けてメグたちを中に促す。
二人は中に入って案内役を振り返った。
西蔵は廊下を戻っていき、一人残った不動は部屋の中には入ってこようとせず扉の外から
「何か必要なものがあれば言ってください」
と愛想笑いも見せずに言った。
「こんな薄い布団で寝ろってのかい?しかも一つしかないじゃないか」
「寝具は代わりを用意します。寝台も持ってきます」
不動は一礼して扉を閉めた。
しばらくすると不動は頭に金の輪をはめた男と一緒に木の棒や板を運んできた。
不動が金の輪をつけた男を
「ゴクウさんです」
と紹介したが、ゴクウはメグたちとは視線も合わせず、
「入らせてもらうぜ」
と言ってうつむき加減に部屋に入り、木の棒などを床に広げた。
ゴクウと不動によって木の棒と板はあっという間に簡易なベッドに組みあがる。
自分が乗って仕上がりを試す不動を置いて、ゴクウはいったん部屋を出たがすぐに布団を抱えて戻ってきた。
メグが最初に寝ていたベッドと新しく出来上がったベッドにさきほどよりは幾分厚めで汚れの少ない寝具が置かれる。
ゴクウは
「じゃ」
と言うとそそくさと部屋を出て行った。
ゴクウと入れ替わりに西蔵がやってきて、開いたままの扉の外から一応ノックをしてみせる。
「入っていいですか?」
「どうぞ」
まもりの返事に小さく頷いて、西蔵が部屋に入ってきた。
手にトレイを持っている。
湯気の立つカップが二つ並んでいる。
「落着いて眠られるように、って雲水さんからミルクを」
雲水、という名前に思わずメグは西蔵を睨みつける。
西蔵はビクッと肩を震わせ、助けを求めるように隣に来ていた不動の顔を見た。
「あの男、船長かい?」
西蔵と不動は顔を見合わせた。
不動に脇をつつかれて、西蔵がメグに答える。
「いいえ。船長は山伏さんです」
「山伏?」
「はい、えっと体が大きい、顔に傷のある」
阿含、という男の横にそういう人物が立っていたのを思い出す。
しかし雲水にもへこへこと頭を下げていた風情からはとても船のトップには見えなかった。
まもりの顔を見ると、首をかしげ、西蔵に口を開いた。
「じゃあ、雲水という人が約束したことはこの船ではあまり意味がないのね」
まもりの言うことは最もだ。
船のことはよくわからないメグでも、その中が軍隊と同じように序列で形成されていることは想像できる。
トップの決断ではないものを下の者が守る理由はない。
しかし、西蔵も不動もきっぱりと首を横に振った。
「雲水さんがそう決められたのなら、この船で覆ることはありません」
「船長は山伏さんですが、指揮官は雲水さんです。それがこの船の決まりです」
二人は真っ直ぐメグたちを見て言い切った。
西蔵たちの雰囲気はシーサーペントと名乗り悪逆非道の略奪行為をする海賊というよりは、普通の船乗りに近い。
彼らがそこまで言うのであればある程度は信用できるだろうか。
「阿含ってのは何者だい」
しかしメグは自分を脅かしたあの男が規律を単純に守るようには思えなかった。
彼こそがこの船を操り人々を恐怖に陥れている首謀者だと思ったのだから。
「阿含さんは自分のやりたいことをやるので…でも、興味がないと言われれば、それは本当です。たぶんもうお二人に話しかけることもないと思います」
不動は自信なさ気に首を傾けた。
そういう言われ方では簡単に安心できない。見た目どおり船の規律に従う男ではないということだ。
それにどう見ても阿含が本気で襲ってきたときに、不動たちが盾になってメグ達を庇うとは思えない。いや、なったとしても勝てそうにない。
先ほどはメグたちを翻弄して戸惑う姿をただ楽しんだようだが、軽い手さばきや言葉にすら押しつぶされそうな圧迫感を感じた。
街のチンピラとは迫力だけで雲泥の差がある。
メグの左腕にまもりがそっと手を添えた。
怯えていると心配させたかもしれない。
少し笑って見せるとまもりも微笑み返した。
「それじゃあ、僕たちは外にいますから何かあれば声をかけてください」
「この部屋は中から鍵がかかりますので。それからお着替えはその箱に」
不動と西蔵はすでに部屋の外に立っていた。
西蔵は部屋の隅に置かれた木箱を指さした。木箱の古ぼけた風合いからも中身は期待できそうにない。
西蔵達は甲板で見せた左掌に右拳を合わせる独特の礼をとって扉を閉める。
「用が終わった、って言ったわけじゃないのに、勝手なヤツラだね」
「小間使いじゃないからしょうがないかもね」
二人で顔を見合わせて笑う。
木箱を覗いてみると、簡素な夜着から平服、下着まで女物が入っていた。当然ながらメグ達が普段身につけているような絹に刺繍の施されたようなものではない。
幸いなのは、腰が極端に絞られていない、布を直線で裂いて形に縫い合わせただけのような服なので、サイズを気にしなくていいことくらいだろうか。
汚れて破れたドレスを脱ぎ、夜着に袖を通す。
潮風を浴びて頭からベタついているのが気になるが、湯浴みが用意されてもする気にはならないだろうから我慢する。
着替え終わって、それぞれに用意されたベッドに腰掛けた。狭い部屋の中でサイドテーブル分だけ離されている隙間で向かい合う。
西蔵がサイドテーブルに置いていったミルクのカップを手に取った。
「変な薬でも入ってるんじゃないだろうね」
メグは揺れる表面を睨みつける。
「可能性はあるけど。こんな船の上で餓死するのもつまらないよ」
まもりはそう言ってミルクを一口飲んだ。
「うん、ちょうどいい温度」
「あんた、いい度胸だよ」
メグもカップを傾けた。
砂糖で甘みの付けられた柔らかな暖かさが喉を潤す。
カップを放して、唇の下を指先で拭う。
「海賊相手にこっちか小さくなる理由はないね」
「そうそう。こっちは大事なお客様。せいぜいおもてなししてもらいましょ」
まもりは見た目より相当肝が据わっている。
カップの中身を空にして、サイドテーブルに戻した。
「横になりましょう。体力は蓄えるの」
まもりに頷いて、それぞれベッドにもぐりこむ。
そうは言っても気が昂ぶって眠れないだろうと思っていたが、すぐにメグの意識はなくなった。
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拍手をありがとうございます~。
不動は扉を開けてメグたちを中に促す。
二人は中に入って案内役を振り返った。
西蔵は廊下を戻っていき、一人残った不動は部屋の中には入ってこようとせず扉の外から
「何か必要なものがあれば言ってください」
と愛想笑いも見せずに言った。
「こんな薄い布団で寝ろってのかい?しかも一つしかないじゃないか」
「寝具は代わりを用意します。寝台も持ってきます」
不動は一礼して扉を閉めた。
しばらくすると不動は頭に金の輪をはめた男と一緒に木の棒や板を運んできた。
不動が金の輪をつけた男を
「ゴクウさんです」
と紹介したが、ゴクウはメグたちとは視線も合わせず、
「入らせてもらうぜ」
と言ってうつむき加減に部屋に入り、木の棒などを床に広げた。
ゴクウと不動によって木の棒と板はあっという間に簡易なベッドに組みあがる。
自分が乗って仕上がりを試す不動を置いて、ゴクウはいったん部屋を出たがすぐに布団を抱えて戻ってきた。
メグが最初に寝ていたベッドと新しく出来上がったベッドにさきほどよりは幾分厚めで汚れの少ない寝具が置かれる。
ゴクウは
「じゃ」
と言うとそそくさと部屋を出て行った。
ゴクウと入れ替わりに西蔵がやってきて、開いたままの扉の外から一応ノックをしてみせる。
「入っていいですか?」
「どうぞ」
まもりの返事に小さく頷いて、西蔵が部屋に入ってきた。
手にトレイを持っている。
湯気の立つカップが二つ並んでいる。
「落着いて眠られるように、って雲水さんからミルクを」
雲水、という名前に思わずメグは西蔵を睨みつける。
西蔵はビクッと肩を震わせ、助けを求めるように隣に来ていた不動の顔を見た。
「あの男、船長かい?」
西蔵と不動は顔を見合わせた。
不動に脇をつつかれて、西蔵がメグに答える。
「いいえ。船長は山伏さんです」
「山伏?」
「はい、えっと体が大きい、顔に傷のある」
阿含、という男の横にそういう人物が立っていたのを思い出す。
しかし雲水にもへこへこと頭を下げていた風情からはとても船のトップには見えなかった。
まもりの顔を見ると、首をかしげ、西蔵に口を開いた。
「じゃあ、雲水という人が約束したことはこの船ではあまり意味がないのね」
まもりの言うことは最もだ。
船のことはよくわからないメグでも、その中が軍隊と同じように序列で形成されていることは想像できる。
トップの決断ではないものを下の者が守る理由はない。
しかし、西蔵も不動もきっぱりと首を横に振った。
「雲水さんがそう決められたのなら、この船で覆ることはありません」
「船長は山伏さんですが、指揮官は雲水さんです。それがこの船の決まりです」
二人は真っ直ぐメグたちを見て言い切った。
西蔵たちの雰囲気はシーサーペントと名乗り悪逆非道の略奪行為をする海賊というよりは、普通の船乗りに近い。
彼らがそこまで言うのであればある程度は信用できるだろうか。
「阿含ってのは何者だい」
しかしメグは自分を脅かしたあの男が規律を単純に守るようには思えなかった。
彼こそがこの船を操り人々を恐怖に陥れている首謀者だと思ったのだから。
「阿含さんは自分のやりたいことをやるので…でも、興味がないと言われれば、それは本当です。たぶんもうお二人に話しかけることもないと思います」
不動は自信なさ気に首を傾けた。
そういう言われ方では簡単に安心できない。見た目どおり船の規律に従う男ではないということだ。
それにどう見ても阿含が本気で襲ってきたときに、不動たちが盾になってメグ達を庇うとは思えない。いや、なったとしても勝てそうにない。
先ほどはメグたちを翻弄して戸惑う姿をただ楽しんだようだが、軽い手さばきや言葉にすら押しつぶされそうな圧迫感を感じた。
街のチンピラとは迫力だけで雲泥の差がある。
メグの左腕にまもりがそっと手を添えた。
怯えていると心配させたかもしれない。
少し笑って見せるとまもりも微笑み返した。
「それじゃあ、僕たちは外にいますから何かあれば声をかけてください」
「この部屋は中から鍵がかかりますので。それからお着替えはその箱に」
不動と西蔵はすでに部屋の外に立っていた。
西蔵は部屋の隅に置かれた木箱を指さした。木箱の古ぼけた風合いからも中身は期待できそうにない。
西蔵達は甲板で見せた左掌に右拳を合わせる独特の礼をとって扉を閉める。
「用が終わった、って言ったわけじゃないのに、勝手なヤツラだね」
「小間使いじゃないからしょうがないかもね」
二人で顔を見合わせて笑う。
木箱を覗いてみると、簡素な夜着から平服、下着まで女物が入っていた。当然ながらメグ達が普段身につけているような絹に刺繍の施されたようなものではない。
幸いなのは、腰が極端に絞られていない、布を直線で裂いて形に縫い合わせただけのような服なので、サイズを気にしなくていいことくらいだろうか。
汚れて破れたドレスを脱ぎ、夜着に袖を通す。
潮風を浴びて頭からベタついているのが気になるが、湯浴みが用意されてもする気にはならないだろうから我慢する。
着替え終わって、それぞれに用意されたベッドに腰掛けた。狭い部屋の中でサイドテーブル分だけ離されている隙間で向かい合う。
西蔵がサイドテーブルに置いていったミルクのカップを手に取った。
「変な薬でも入ってるんじゃないだろうね」
メグは揺れる表面を睨みつける。
「可能性はあるけど。こんな船の上で餓死するのもつまらないよ」
まもりはそう言ってミルクを一口飲んだ。
「うん、ちょうどいい温度」
「あんた、いい度胸だよ」
メグもカップを傾けた。
砂糖で甘みの付けられた柔らかな暖かさが喉を潤す。
カップを放して、唇の下を指先で拭う。
「海賊相手にこっちか小さくなる理由はないね」
「そうそう。こっちは大事なお客様。せいぜいおもてなししてもらいましょ」
まもりは見た目より相当肝が据わっている。
カップの中身を空にして、サイドテーブルに戻した。
「横になりましょう。体力は蓄えるの」
まもりに頷いて、それぞれベッドにもぐりこむ。
そうは言っても気が昂ぶって眠れないだろうと思っていたが、すぐにメグの意識はなくなった。
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