忍者ブログ
白刃の滝から浮かび上がる
[1]  [2
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

弥勒達の予測通り、夜が近くなると風の音が強くなった。
夕食が終わると西蔵と不動が長い布のひもを差し出してくる。
「今日はこれで柱に体をつないでおいてください。かなり揺れると思います」
「なんで」
「揺れると体が投げ出されて危険ですから」
メグはひもを受け取ったが、ベッドに放り投げた。
西蔵は何か言いかけたが、不動が肘でつついてそれを止めた。
二人は黙ってまもりが使っていたベッドを分解し始める。
「それはどうするの?」
まもりの問いに不動は手を休めずに答えた。
「こちらは備え付けではないので、揺れると動いてしまう可能性があります」
「まもりはどこで寝るんだよ」
西蔵が布団をまとめて立ち上がる。
「今夜は眠れないと思いますが・・・揺れがない間はこちらのベッドでお休みください」
メグが使っているベッドを示して、一礼をする。
不動は骨組みをかかえて出て行った。西蔵も後に続く。
「そんなに揺れるのかな?」
「さあ。あたしは船のことはわからないよ。あんた、この間の航海はどうだったんだい」
まもりは首を傾げて少し考える。
「うーん、そんなに天気が悪くならなかったし、船もこれよりずっと大きいし、気持ち悪くなるほど揺れなかったから」
メグはベッドに投げ出していた布ひもを拾い上げた。
「まあ、あいつらがあんだけ言うからね。いちおう、腹にくらい巻いとこうか」
「そうね。お腹にまきつけて、先を柱に結んでおこう」

 

「ぐぅっっ」
「だ、大丈夫?メグっ」
「あ、あぁ」
まもりの呼びかけに返事をするのすら辛い。
船が揺れる度に体がベッドから振り落とされそうになる。
必死にベッドヘッドにしがみついているが、指に込める力もなくなってきた。
頭が揺らされすぎたせいで、胃の中にあった夕食がのどの奥からこみ上げる。
精一杯こらえてはいるが、のどの奥に独特の酸味を感じて更に気持ち悪くなる。
まもりは床に滑り落ちて、そのままベッドの足にしがみついている。
柱につないだひもは長く伸びたままで、命綱の役を果たさない。
腹を締め付けている分だけ、苦しさが増している気がするが、もう解く気力もなかった。
ベッドに乗っている体が、船を突き上げる下からの衝撃で上に放り上げられる。
重力によって下に叩きつけられるように落ちたかと思うと、今度は横に大きく傾く。
まだ波に直接さらされている方がましなのではと思うほど、体は左右縦横に大きく引きずられる。
船の揺れに逆らうことはできず、なんとか体を思い通りに踏ん張ろうとすることが返って体力を消耗させていた。
「大丈夫かっ」
まもりではない声が暴風に揺れる船の轟音をかき分けて響く。
「雲水くん!私は平気。でもメグが」
まもりが返事を返している。
「無理もない。この揺れではな」
声が近づいてきたと思った瞬間、メグの体が柔らかく持ち上げられた。
波に押し上げられた衝撃とは違う。
朦朧としている意識をなんとか呼び起こして、薄く目を開ける。
雲水の顔がすぐ近くにあった。
顔を認識すると、自分の足と背中の後ろに雲水の腕が回っているのがわかる。
雲水はベッドにしがみついていたメグを抱え上げて、ベッドに座った。
「は、放せ、よ」
「こうしていれば衝撃が和らぐ。しばらく我慢しろ」
雲水が腕に力を込めた。
メグの体が雲水の胸にしっかりと固定される。
「腕が上がるなら、体に回せ。その方が楽だ」
メグは腕を持ち上げ、言われるままに雲水の背中に回す。
耳に響く心臓の鼓動が、耳を劈いていた轟音をかき消していく。
今まで甲板で波を浴びていたのだろうか、薄い服は濡れて潮の匂いがする。
流れてくるのが海水なのか汗なのかはわからないが、どちらにせよ不快感はなかった。
先ほどまで槍を突き刺すような勢いで持ち上げられ投げ出されていた体が、波が襲ってくる度に力強く抱きしめられ衝撃が和らぐ。
メグも腕に力を込めた。

雲水の体に回した腕が震えているのは、まだ波の衝撃が残っているからだ。
胸に強く顔を押しつけてしまうのは、体を安定させたいからだ。

それじゃあ、潮の香りに交じって感じる雲水の匂いに安心するのは、どうしてなんだろう。

拍手

PR
船に乗って3日目にもなれば、暇の潰し方を探さなくてはならなくなる。
2日目はここから逃げる方法や国に連絡を取る方法を探ってみたが、船内で動けるのは与えられた船室と甲板、料理部屋くらいで、海の上でどこにいるのかすらわからない。
西蔵たちを連れながらまもりとウロウロしていると、時々阿含とすれ違った。
どうしても体は強張ってしまったが、興味を失ったという言葉通り阿含はメグ達が目の前に立っていても目に入らない様子で、いや、そこに存在していないかのように軽やかに素通りしていった。
胸をなで下ろしながらも、その落差がまた恐ろしくもある。
とにかく存在感のある人間だと芯に刻みつけられる。
阿含をやりすごしながら船を見て回っていると、船員達も全員が常に忙しく働いているわけではないとわかった。
今日は仕事のない連中が甲板に寄り集まって、カードゲームに興じたりしている。
他にすることもないメグ達が眺めていると、恐る恐る輪が開かれた。
間に座り込んで、ルールの説明を聞く。
宮廷での遊びに近い単純なルールをすぐに理解した二人は、さっそくゲームに参加することにした。
「っても、僕たち賭てるよー」
ハッカイが持っていた銅貨を振ってみせる。
まもりと顔を見合わせた。
二人とも攫われてきた身で持ち合わせなどない。
そもそも、国にいるときでも金銭を持ち歩いたことがなかった。
「よし、じゃあ、火蜥蜴のサファイヤを賭けるよ。それならいいだろ」
「だ、ダメよメグっ」
西蔵に宝石をとりに行かせようと呼び寄せたメグのズボンをまもりが引く。
「大丈夫だよ。あんたもあたしも負けやしないさ」
「よっ、姐さんっっ。度胸がいいねっ」
ゴクウとサゴジョーが両脇から囃し立てる。
初日にやけに素っ気ない態度だったゴクウは、まともに女性の顔を直視したことがなくて照れていたそうだ。
一緒にいればすぐに慣れて、今は取り巻き気分らしい。
西蔵は困った顔でメグとまもりを見比べた。
「行っておいで」
メグに強く言われて西蔵はしぶしぶ歩き出す。
「待て」
西蔵の前に雲水が立ちふさがった。
さきほどまで船首で一休達となにやら話し込んでいたのに、いつの間にこちらの話を聞いていたのか。
「感心しないな。賭けごときに国の秘宝を持ち出すのは」
「あんたには関係ないだろ。あたしのモンだよ、あれは。それに勝てばいいんだろ」
「そういう問題じゃない。ゴクウ、サゴジョー、お前達は止める立場だろう」
雲水に苛まれ、ゴクウ達が首をすくめる。
船ではたいして仕事をしないくせに、やたらと船員達は雲水に従う。
あの阿含という弟を恐れているからだろう。
「ゴクウ、チップを貸してやれ」
雲水に言われて、ゴクウは懐に手を入れた。
「施しはいらないよ」
メグはゴクウを睨み付ける。
動きを止めたゴクウを確かめて雲水を振り返った。
「負けないのだろう。倍にして返してやればいい」
雲水はそう言って、メグを面白そうに見下ろしてくる。
嫌味ったらしい言い方しやがって。
「雲水」
メグが何か言ってやらなくてはと口籠もっていると、甲板で並んで立っていた弥勒と芽力が雲水を呼んだ。
「どうした」
雲水はその場で二人に返事を返す。
「嵐が来る」
空を見つめて芽力が言った。
雲水が眉根を寄せる。
「いつ、どの程度になる、弥勒」
「今夜、真夜中。波が高くなる。相当揺れるな。ひっくり返るほどじゃないが、進路には注意だ」
雲水は弥勒の言葉に頷いてから芽力に聞いた。
「風向きは、芽力」
「北北東に変わる。弥勒に同意。進路が逸れるのに注意だね。阿含に殺される」
「わかった。お前達、聞いたとおりだ。夜は忙しくなるぞ」
雲水は座っているゴクウ達にそう言って、足早に船室に向かっていった。
芽力と弥勒もそれに続く。
「あーあ、嵐かよ。順調な船旅だったのになぁ」
ゴクウががっくり肩を落とす。
「ねえ、嵐が来るってそんなに正確にわかるの?」
まもりが尋ねると、船員達は顔を見合わせた。
後ろに立っていた不動が口を開く。
「芽力さんと弥勒さんは空と海を読む達人です。気象の変化を見逃しません」
真面目くさった顔で不動が言うのを、メグは鼻で笑い飛ばした。
「馬鹿言うんじゃないよ。天気が簡単にわかるもんか。あんたら、あたしらを担ぎたいんだろ」
不動はきっちり首を横に振った。
「本当のことです」
メグとまもりが顔を見合わせる番だった。



******



拍手をありがとうございます!
阿雲前提ですが、雲←メグが中心のお話なので、阿含これから空気かも(汗)

一休誕生日おめでとう!!遅くなってゴメンね。
一→雲をできたら書きたいと思っています。
大遅刻になると思うけど!

拍手

「もう、降りましょうよぉ」
後ろで西蔵が情けない声を出しているが、メグは知らん顔で潮風を満喫していた。
「ちょっと、海から鳥が飛び出してるよっ」
羽を広げた小さい生き物が見下ろす海の波間から勢いよく飛び出し、飛行を続けてまた海に戻っている。
「…あれはトビウオっていう魚です。もう、本当に降りてくださいぃぃ」
メグは今、マストの上にある見張り台に立っていた。
西蔵は見張り台に上るためのはしごにつかまっている。
メグは港の友人に頼んで停泊する船の甲板には上がったことがあったが、動いている船には乗ったことがなかった。

 

昨夜横になった後、メグたちは西蔵が起こしに来るまで目が覚めなかった。
西蔵は昨夜の闇に溶け込む全身黒装束ではなく、丸首の白い半袖を被り、黒のズボンをはいていた。
その格好を見ただけならば、すれ違う船も海賊とは思わないだろう。
深い眠りのわけは薬を盛られたに違いない。
しかし、その間に特におかしなことをされた形跡もなかった。
運ばれてきた食事をすませ、メグたちは箱をのぞきこんで夜着を着替えた。
一枚布のワンピースもあったが、ペラペラと薄く心もとない。
まもりと相談し、おなじように薄くとも動き安いよう、赤の長袖に黒のズボンを履いた。
西蔵のような白が箱に入れられていなかったのは意図的だろう。船員にまぎれないように目立つ色を着させられるらしい。
ともかく、いつまでも暗い穴倉のような船室にいる気にはなれず、着替え終わったメグとまもりは甲板に移動した。
晴れ渡った青空の下、陽を受けて輝く波間をすべる船は、メグにとっては感動だった。
まもりはフレーダー公国からの移動で一度船旅を体験しているためかメグよりは落着いている。
不動を伴って、甲板の散策をしながら様子を見るとメグから離れた。
西蔵と残されたメグは、最初は舳先を陣取って速さを楽しんでいたが、船員の一人が見張り台に上がって降りるのを見たら我慢できず、嫌がる西蔵を脅しつけて見張り台によじ登った。



西蔵は登り切ってからずっと「降りる」を連呼している。
「降りたいなら一人で降りな」
「そんなぁ」
西蔵のことはもう無視をして、メグは眼前の景色を心ゆくまで楽しむことに専念する。
顔をくすぐる潮風が髪を優しく剥いていく。
波の輝きの変化を見ているだけで一日ここにいられる気がする。
メグが黙っていると西蔵も邪魔をしてこなくなった。
しばらく何も考えずに海を眺めた後、小さくつぶやいた。
「いいねぇ、この景色」
「同感だ」
後ろから聞こえた西蔵とは違う声にメグは振り向いた。
「あんた」
雲水がはしごに手をかけ、メグを見ていた。
西蔵と同じ白と黒の軽そうな服が、風を受けて小さくはためいている。
闇夜に浮かび上がる姿は威圧感があったが、今はいくぶん雰囲気が和らいで見えた。
「俺も雲水という名前がある。「あんた」はないな」
「西蔵はどうしたんだよ」
「なんとかしてくれと降りて泣きついてきた。今は他の仕事をさせている」
雲水が見張り台に乗り込んできたので、メグは狭い中でも端に身を寄せた。
「あんた暇なのかよ」
「ああ。いちいち俺が指示するまでもない」
「偉そうにしてるくせに。余計な人間は船にはいらないんじゃないかい」
「そうだな」
挑発するために嘲笑ったが、雲水は静かに受け流した。
「いつ船を降りるんだよ」
「4日後だ」
雲水が断言したのでメグは少し驚いた。
船の航行というものは多少なりとも誤差があるのではないだろうか。
メグの驚きを読み取って雲水が続けた。
「阿含は海図一つで障害の最も少ない、最速の航路を示す。天候が変わろうと、あいつが4日といえば4日だ」
普通の船は慣れた航路でも天候によって進むべき場所を外れ、日程が変わることがあると聞くのに。
海図だけで海の中まで見通すというのだろうか。その指示通りの動きができる船員達がそろっていると?
この海賊を彼らが知らない海域に追い込んで捕らえようとしても無駄になるのではないか。
よほど戦力に差をつけて、破壊するしかないかもしれない。
「だったら、あんたもしっかり船を動かしなよ」
「今は手に余るじゃじゃ馬の世話をするのが仕事だ」
嫌味に嫌味で返され、メグは雲水を睨みつける。
メグの険悪な表情を見て、何故か雲水は微笑んだ。
「なんだよ」
今まで真顔しか見せなかった雲水が急に表情を崩したので、メグは一瞬戸惑う。
「いや、船室に閉じこもってくれる方が楽だと思っていたが、元気がいい姫君というのは付き合いやすいな。こちらも遠慮がいらない」
メグを馬鹿にしているわけではないようだが、誉められた気もしない。
「俺たちは女性と接する機会がないからな。遠巻きに眺めるか、囃し立てるくらいしかできないんだ。昨日は本当にすまなかった」
坊主頭を下げられて、メグはようやく肩に入れていた力が抜けた。
誘拐などしかけてくる外道な海賊ではあっても、メグやまもりに危害を加えることはしないようだ。
「いいよ、もう。私らは客なんだろ。しっかりもてなしてくれよ」
メグが言うと雲水が顔を上げた。
「この船でできる限りは、そうしよう。では、そろそろ降りてもらおうか。ここは風が強い。大事な客人に風邪を引かせるわけにはいかん」
「わかったよ」
素直に頷くと、雲水が柔らかい表情で手をさしのべてきた。
その顔になんだか苛立って、差し出された手を払いのける。
「自分で登ったんだ。手助けはいらないよ」
「降りるときは足が竦むものだが・・・まあ、いい」
雲水はそう言って先に少し下りた。
梯子にとどまる雲水の様子を上からのぞき込んで、メグは目元を押さえた。
足下がよろけ、体を支えるために見張り台の縁につかまる。
下に見えた甲板の遠さに目眩がした。
登るときには上しか見ていなかったし、周囲を見回すにも真下は見なかった。
こんなに高かったなんて。
「言っただろう。足が竦むと。ほら」
いつの間にか戻ってきていた雲水が、メグの前に回り込んだ。
反論することもできないメグはされるがままに背中に背負われてしまう。
「つかまっていろ」
足は力が入らないなりに雲水の腹の前で交差させ、首に回させられた腕には少し力を込めた。
「よし。目はつむっていろ。暴れるなよ」
雲水は立ち上がってメグを背負ったまま梯子に移り、下に続く網をゆっくりと降り始める。
偉そうな物言いに腹を立てる余裕もなく、しっかりと目を閉じてひたすら腕に力を入れていた。


 

拍手

不動たちが姫君を船室に案内して消えたのを気配で確認し、雲水は甲板に振り返った。
皆が一様に息を吐いて緊張を緩めている。
ほとんど女性と接点のない生活をしているので、美しい姫君たちを前に実際のところはガチガチになって理性も半分以上飛んでいたのだろう。
それにしてもやりすぎだ。
「集まれ」
雲水の一言で、船員たちは飛び上がった。
舳先を正面に列を作って並ぶ。
「ハッカイ、西蔵にミルクをもたせてやってくれ。これを入れてな」
丸々とした体型のハッカイが列から進み出て、雲水から小さな瓶を受け取る。
「何?」
「眠り薬だ。夜中にうろつかれても面倒だ」
ハッカイは立ち去ろうときびすを返したが、すぐに首だけ雲水を振り返った。
「あ、あの…俺たちの罰って?」
並んでいる者たちから「余計なこと言うなっ」という声が飛ぶが、雲水が睨みつけると黙った。
「船の上では彼女たちの安全を守ること。目的を達することが第一だ」
「な、なーんだ。それなら大丈夫だよ」
ハッカイが安堵の表情を浮かべる。
「船を下りたら?」
列から黛が聞いてきた。
両横に並んでいた芽力とサゴジョーから脇腹に肘を入れられ、黛は前のめりに体を折る。
「船の荷をサンゾーが用意してる。今回は人夫を使わない。お前たちが運べ」
「ええーっ」
「否はない。ご婦人を前にのぼせないようにしろ。これ以上のことがもしあれば・・・」
雲水は語尾を濁した。
言われなくても中身はわかる。
全員が慌てて左掌に右拳を合わせ、深々と頭を下げた。




船員をそれぞれの持ち場に戻らせ、雲水は自室に向かった。
小さな船に見えるが、中には部屋をいくつも持っている。
それでも全員に個室はなく、二人部屋を使っているのは雲水と阿含、山伏と一休だけだ。
扉を開けると、阿含がベッドに寝転びながらニヤニヤとこちらを見ていた。
「なんだ」
「派手な演出してたじゃねぇの」
すぐに姫君たちの前で全員が一斉に礼を取ったことだとわかる。
雲水は阿含を睨みつけた。
「あんなこけおどしは必要ないと言っていたんだがな。どこかの阿呆が怯えさせるから、規律のある船だと示さなくてはならなくなったじゃないか」
ベッドに腰かけ、阿含の髪を結び目で引っ張る。
始め一休やゴクウが海賊らしく威圧感を与えるためにやったらどうかと言ってきたが、雲水としては無駄だと思っていた。
暗闇の屋敷から意識を奪って海の上に連れ去られたというだけで、十分シーサーペントに恐怖を感じるはずだ。
それで大人しくしてくれれば十分だったのに。
雲水に頭を引かれ、阿含の顔が持ち上がった。
雲水がゆっくり顔を近づけるのに合わせ阿含は腰で伸び上がる。
唇を合わせただけで雲水はすぐに阿含の髪を離した。横に異動して距離をとる。
「お前もけっこー楽しんでんじゃねぇ?今度の仕事」
阿含は逃がさないとばかりに雲水の手首を摑まえる。
振りほどくことはせず、雲水は阿含に説教を続けた。
「ただの仕事だ。しかもお前がやると言い出したんだろう。無用な労力を使わせるな」
「ああ゛ー、あんな威勢のいい女どもだとはなぁ」
船の上で雲水に啖呵を切った姿を思い出したのか、阿含がクックッと笑う。
「怯えて泣いているくらいが楽だったかもしれん。とにかく、お前は近づくなよ。自刃でもされたら話にならん」
「わーってるよ。面倒くせぇ女はいらねぇって。俺には雲子ちゃんがいるしぃ」
掴んでいる雲水の手に顔を寄せて、阿含は人差し指を口に含んで舐め始めた。
雲水は解放されている方の手で阿含の後頭部を叩く。
阿含は離れない。上目遣いで雲水を覗き込んできただけだ。
目は完全に笑っている。
雲水はため息をついてから、ゆっくりと阿含の隣に横たわった。
「しかたがないな、お前は」



******




拍手をありがとうございます!
「阿雲のイチャイチャは?」と言われたので、慌てて挿入。
えっ、ソコまで書け?!じ、時間切れです・・・(笑)

雲水の指を舐める阿含ってエロくていいですね!!

拍手

メグたちを先導する髪を耳元で切りそろえたのが不動、後ろを守るようについてきている頭を短く刈り眼鏡をかけたのが西蔵と名乗った。
不動は扉を開けてメグたちを中に促す。
二人は中に入って案内役を振り返った。
西蔵は廊下を戻っていき、一人残った不動は部屋の中には入ってこようとせず扉の外から
「何か必要なものがあれば言ってください」
と愛想笑いも見せずに言った。
「こんな薄い布団で寝ろってのかい?しかも一つしかないじゃないか」
「寝具は代わりを用意します。寝台も持ってきます」
不動は一礼して扉を閉めた。
しばらくすると不動は頭に金の輪をはめた男と一緒に木の棒や板を運んできた。
不動が金の輪をつけた男を
「ゴクウさんです」
と紹介したが、ゴクウはメグたちとは視線も合わせず、
「入らせてもらうぜ」
と言ってうつむき加減に部屋に入り、木の棒などを床に広げた。
ゴクウと不動によって木の棒と板はあっという間に簡易なベッドに組みあがる。
自分が乗って仕上がりを試す不動を置いて、ゴクウはいったん部屋を出たがすぐに布団を抱えて戻ってきた。
メグが最初に寝ていたベッドと新しく出来上がったベッドにさきほどよりは幾分厚めで汚れの少ない寝具が置かれる。
ゴクウは
「じゃ」
と言うとそそくさと部屋を出て行った。
ゴクウと入れ替わりに西蔵がやってきて、開いたままの扉の外から一応ノックをしてみせる。
「入っていいですか?」
「どうぞ」
まもりの返事に小さく頷いて、西蔵が部屋に入ってきた。
手にトレイを持っている。
湯気の立つカップが二つ並んでいる。
「落着いて眠られるように、って雲水さんからミルクを」
雲水、という名前に思わずメグは西蔵を睨みつける。
西蔵はビクッと肩を震わせ、助けを求めるように隣に来ていた不動の顔を見た。
「あの男、船長かい?」
西蔵と不動は顔を見合わせた。
不動に脇をつつかれて、西蔵がメグに答える。
「いいえ。船長は山伏さんです」
「山伏?」
「はい、えっと体が大きい、顔に傷のある」
阿含、という男の横にそういう人物が立っていたのを思い出す。
しかし雲水にもへこへこと頭を下げていた風情からはとても船のトップには見えなかった。
まもりの顔を見ると、首をかしげ、西蔵に口を開いた。
「じゃあ、雲水という人が約束したことはこの船ではあまり意味がないのね」
まもりの言うことは最もだ。
船のことはよくわからないメグでも、その中が軍隊と同じように序列で形成されていることは想像できる。
トップの決断ではないものを下の者が守る理由はない。
しかし、西蔵も不動もきっぱりと首を横に振った。
「雲水さんがそう決められたのなら、この船で覆ることはありません」
「船長は山伏さんですが、指揮官は雲水さんです。それがこの船の決まりです」
二人は真っ直ぐメグたちを見て言い切った。
西蔵たちの雰囲気はシーサーペントと名乗り悪逆非道の略奪行為をする海賊というよりは、普通の船乗りに近い。
彼らがそこまで言うのであればある程度は信用できるだろうか。
「阿含ってのは何者だい」
しかしメグは自分を脅かしたあの男が規律を単純に守るようには思えなかった。
彼こそがこの船を操り人々を恐怖に陥れている首謀者だと思ったのだから。
「阿含さんは自分のやりたいことをやるので…でも、興味がないと言われれば、それは本当です。たぶんもうお二人に話しかけることもないと思います」
不動は自信なさ気に首を傾けた。
そういう言われ方では簡単に安心できない。見た目どおり船の規律に従う男ではないということだ。
それにどう見ても阿含が本気で襲ってきたときに、不動たちが盾になってメグ達を庇うとは思えない。いや、なったとしても勝てそうにない。
先ほどはメグたちを翻弄して戸惑う姿をただ楽しんだようだが、軽い手さばきや言葉にすら押しつぶされそうな圧迫感を感じた。
街のチンピラとは迫力だけで雲泥の差がある。
メグの左腕にまもりがそっと手を添えた。
怯えていると心配させたかもしれない。
少し笑って見せるとまもりも微笑み返した。
「それじゃあ、僕たちは外にいますから何かあれば声をかけてください」
「この部屋は中から鍵がかかりますので。それからお着替えはその箱に」
不動と西蔵はすでに部屋の外に立っていた。
西蔵は部屋の隅に置かれた木箱を指さした。木箱の古ぼけた風合いからも中身は期待できそうにない。
西蔵達は甲板で見せた左掌に右拳を合わせる独特の礼をとって扉を閉める。
「用が終わった、って言ったわけじゃないのに、勝手なヤツラだね」
「小間使いじゃないからしょうがないかもね」
二人で顔を見合わせて笑う。
木箱を覗いてみると、簡素な夜着から平服、下着まで女物が入っていた。当然ながらメグ達が普段身につけているような絹に刺繍の施されたようなものではない。
幸いなのは、腰が極端に絞られていない、布を直線で裂いて形に縫い合わせただけのような服なので、サイズを気にしなくていいことくらいだろうか。
汚れて破れたドレスを脱ぎ、夜着に袖を通す。
潮風を浴びて頭からベタついているのが気になるが、湯浴みが用意されてもする気にはならないだろうから我慢する。
着替え終わって、それぞれに用意されたベッドに腰掛けた。狭い部屋の中でサイドテーブル分だけ離されている隙間で向かい合う。
西蔵がサイドテーブルに置いていったミルクのカップを手に取った。
「変な薬でも入ってるんじゃないだろうね」
メグは揺れる表面を睨みつける。
「可能性はあるけど。こんな船の上で餓死するのもつまらないよ」
まもりはそう言ってミルクを一口飲んだ。
「うん、ちょうどいい温度」
「あんた、いい度胸だよ」
メグもカップを傾けた。
砂糖で甘みの付けられた柔らかな暖かさが喉を潤す。
カップを放して、唇の下を指先で拭う。
「海賊相手にこっちか小さくなる理由はないね」
「そうそう。こっちは大事なお客様。せいぜいおもてなししてもらいましょ」
まもりは見た目より相当肝が据わっている。
カップの中身を空にして、サイドテーブルに戻した。
「横になりましょう。体力は蓄えるの」
まもりに頷いて、それぞれベッドにもぐりこむ。
そうは言っても気が昂ぶって眠れないだろうと思っていたが、すぐにメグの意識はなくなった。





*******


拍手をありがとうございます~。

拍手

「喝っ」

耳を劈く大声にメグの体が揺らいだ。
目を開けると、前に誰か立っている。
剃りあげた髪の短い頭。他の男達と同じ真っ黒い服。
「何をやっているんだ、お前たち!阿含!!」
「あ゛ー?暇つぶし」
坊主頭に怒鳴られ、髪を結んだ男は耳を搔きながらそっぽを向いた。
「暇つぶし、じゃないだろうっ。これだけ揃って、どうして阿含を止めない、一休っ」
「す、すんません。阿含さんが海賊らしくやろうって…」
「あ゛?人のせいにすんのか?一休」
雲水に詰め寄られながら舳先まで戻った阿含は、ホクロの一休を小突いてから最初に腰掛けていた箱に座りなおした。
「いいいいや、だって、阿含さんが邪魔するなって言ったじゃないっすか」
男たちの言い争いは耳から通り抜け、メグは膝から崩れ落ちた。
注意が逸れた隙に、まもりが横からメグに抱きついてくる。
「す、すまん。ワシらも調子に乗りすぎた」
顔に傷の大きな男が雲水に向かって体を縮める。
「ご婦人を怯えさせるとは…皆、同罪だ。覚悟しておけ」
「えええ~雲水~~~ぃ」
甲板を取り巻いていた男たちが情けない声を上げる。
雲水と呼ばれた坊主がメグたちを振り向いた。
まもりとお互いに手を強く握る。
黒目の小さい切れ長の目が冷たい視線をで見下ろしてきた。
「こいつらの非礼は詫びる。だが、お前たちもウロウロするな。立場をわきまえろ」
メグはその言い様に頭に血が上った。まもりの手を放して勢いよく立ち上がる。
「何言ってんだいっ、あんたらが勝手に連れてきたんだろう!?あたしらが命令される言われはないよっ」
啖呵を切ったメグに驚いたのか、雲水の細い目が少しだけ大きくなった。
まもりも続いて立ち上がる。
「無理矢理招いたのだから大人しくしろと言う方が筋違いよ。私たちは海に飛び込んで帰らせてもらってもいいんだから。それで貴方たちの目的が達せられる?」
雲水はまもりとメグを交互に見比べて言葉を失っていた。
「クックックッ、面白れぇじゃねぇか。深窓の姫君がこんなに威勢がいいとはな」
まだナイフをもてあそびながら阿含が笑った。
メグの体が反射的に強張る。
すぐにまもりがメグの背に腕を回す。
「阿含。ナイフをしまえ。無用におびえさせるな。本当に飛び込みかねんぞ」
雲水がメグ達に背を向けて、阿含の元に歩み寄る。
阿含は薄笑いを浮かべながらナイフを雲水に渡した。
「あ゛ーヒメって柄じゃねぇなぁ、こいつら。興が冷めた。オレ寝るわ」
阿含は勢いを付けて箱から飛び上がるように立ち上がり、メグ達には見向きもせず船尾に消えていった。
阿含が横を通り過ぎるときに精一杯睨みつけて見送るが、空気のように無視をされる。
メグは雲水を向き直る。
雲水は阿含が腰掛けていた箱の前に立ち、腕を胸の前で組んで、メグたちに告げた。
「お前達に危害は加えさせない。船室と甲板では自由を許す」
「あんたのような下郎にお前よばわりされたくないね」
メグは雲水の言葉を遮る。
「雲水さんに向かって、なんて口をっ」
静かに雲水の横に立っていた一休が、突然目をつり上げた。
メグに向かって手を鳴らしながら歩み寄ろうとしたのを、雲水が片手で制す。
「でも、雲水さん」
「俺たちはお前達の家臣じゃない。お前達は客人ではあるが、俺たちの支配下にあることを忘れるな」
偉そうな物言いが気に障る。メグは表情を変えない雲水の冷たい顔を睨んだ。
「本当にこいつらお姫さんなんすか?ひょっとして囮じゃ」
一休が訝しそうにメグとまもりの顔をジロジロ見比べる。
「それはないだろう。あのサファイヤの指輪は「火蜥蜴の雷」、ルビーの首飾りは「敗者の涙」。サラマンド王国とフレーダー公国の王家に伝わるものだ。身代わりごときが身に付ける事はできない」
メグは咄嗟に左手につけている指輪を右手で覆った。
まもりも首元に手を当てている。
正式なパーティーだからと用意された王家の秘宝が、誘拐の目印にされていたとは。しかし、ニセ者扱いされて船から放り出されるのを防いでくれたことにもなる。恨むべきか喜ぶべきか。
雲水はメグたちの動揺など目に入らない様子で話を続けた。
「世話役として不動と西蔵をつける。用があればいいつけろ。危険からは彼らが守る」
雲水が視線を甲板の左端に移すと、並ぶ男達から小柄な二人が一歩前に出る。
雲水が言い終わるのを待って、まもりが厳しい口調で問いかけた。
「貴方一人の約束を船員全員が守るという保証はあるの?あの阿含という男が?」
雲水は静かに肯定した。
「裏切りはない。それがこの船だ」
雲水の言葉を受けて甲板を取り囲む男達が一斉に左腕を胸の前で折り曲げ、掌を広げて真っ直ぐに伸ばした。右手は固く握って広げた左掌の中央に押し当てる。そのまま全員が目を閉じ、頭を下げた。
肯定の合図、ということだろうか。
チラリとまもりの表情を見ると、眉根を寄せて周囲の様子を窺っている。
儀式的な礼を見せられた程度で、簡単に安心はできない。
「お前達が信じる必要はないが。しばらく航海が続く間、ビクビクして暮らすのも面白くないだろう」
「どこに連れて行くんだよ」
「4、5日はかかる。行き先を知る必要はない」
雲水はメグの問いに答えると要件はこれまでとばかりに二人に背を向けた。
同時に不動と西蔵がメグ達の前に走り出てくる。
「どうぞ、船室に戻ってください」
二人が手を広げてメグ達を抜け出してきた船室に誘導する。
まもりに手を引かれ、メグは男達に背を向けた。



******


拍手、URL請求ありがとうございます!

雪ですよ~降ってます。
寒い、寒い。
猫たちが私の膝の取り合いをしてくれて、モテモテ気分です~。



拍手

「ようこそ、シーサーペントへ」

船の舳先に置かれた木箱に、髪を一つに結んだ男が大股を開いて腰掛けている。
目元を覆っていた色眼鏡をずらし、メグ達に笑いかけた。
その横には顔中に傷を負った大男と、髪を逆立てた額にホクロの小柄な男が表情のない顔でこちらを見ている。
髪を結んだ男が立ち上がった。
メグたちの方へ歩み寄ってくる。
メグとまもりは一歩、また一歩と後に下がるが、すぐにマストに背が当たってしまった。
「逃げるのはもう終わりぃ?」
「近寄るんじゃないよっ」
手を伸ばしてきた男にメグは右手に持っていたナイフを向ける。
「おっと、ヤバイもんもってんじゃん。それで遊びたいワケ?」
メグのナイフがオモチャだとでも思っているのか、男は無造作に距離を詰めてくる。
メグは必死でナイフを前に突き出したが、あっさりとその手は男にとらわれてしまった。
「おおっと、これもいい細工してあるじゃねぇの。もらっとくわ」
「うっ」
男がメグの手を捻り、ナイフは簡単に手を離れる。
「メグっ」
まもりがメグをかばうように男との間に立った。
「ククッ、せっかくのオモチャだからぁ、相手してもらうぜ。オイッ」
男の合図で、まもりはマストの横に立っていた男に両腕をつかまれ船の端まで引き摺られる。
抗議の声を上げて身をよじるが、男はびくともしない。
一人残されたメグの前に髪を結んだ男がナイフをもてあそびながら立ちふさがる。
「ダンスでも踊ってもらおうか。どうだぁ?」
男の声に周囲から野太い歓声が上がる。
「だれがっ」
メグは顔を逸らした。
ドレスの腰の辺りを両手で強く握り締める。
「いいぜ、俺が躍らせてやるよ」
風を切る音で、メグは咄嗟に左に避けた。
マストに突き刺さったナイフを振り返る。
避け切れなかったため、ドレスの腰の辺りが破けていた。
「おお、なかなかいい動きするじゃねぇか」
メグとは距離をとるように後ろに下がりながら、男はまた手を閃かせる。
メグは反対に飛びのいた。
新しいナイフが肩を掠めていったと思った途端、動けないうちに音だけがメグの横を通り過ぎる。
肩から袖先まで、何箇所も切り刻まれて、ドレスからメグの腕が見え始めていた。
男たちが口に指を当てて下品な笛で囃し立てる。
「もっと逃げねぇと、すぐに丸裸だぜ」
男が投げたナイフは動けないメグの胸の横を掠めて行った。
布だけを切り裂いていく男のナイフさばきにメグは意識を失いそうになる。
新しいナイフを男が構えた。
ぎゅっと目を閉じて胸の前で腕を交差させる。
 

「喝っ」


 

拍手

「メグ、メグ」
名前を呼びながら頬を軽く叩かれる。
ゆっくりと目を開けると、まもりが心配そうな顔で覗き込んでいた。
「どうした…」
「よかった、目が覚めて」
まもりがメグの眼前にあった体をどけたので、視界が広がる。
低い天井が目に入る。立ち上がって手を伸ばせば簡単に届きそうなほど近い。
体を起こして周りを見回すと、黒ずんだ木の板で囲われた狭い部屋だった。
メグが体を横たえていたのはかろうじてベッドのようだが、敷かれている布団は板の感触がわかりそうなほど薄く、手に当たるシーツは織り目の荒い綿のようだ。
メグは起き上がってベッドの中央に腰掛けているまもりの隣に座った。
「ここは…なにが…」
話をしようと口を開くと、鼻の奥に薬品の臭いが残っていて声が詰まる。
「私もさっき気がついたの。たぶん、船の中じゃないかしら」
確かに、体が不安定に揺らめく感覚は乗り物の中のようだ。時折波の音が聞える気がする。
「あの時、薬をかがされて連れ出されたってワケか」
暗闇で背後から回された腕が思い出され、メグは顔をしかめた。
「ごめんなさい、私がついていたのに」
まもりが頭を下げてきたのを肩を掴んで起こさせる。
「やめてくれよ。こっちが巻き込んだ方じゃないか。あたしが高を括ってたのが原因さ。まさかヤツら本気だったとはね…」
シーサーペントに誘拐の脅迫を受けていた自分が、もう少し警戒を強めておくべきだった。
脅しだと決め付けて、他国の皇女を巻き込んだとあっては、今後の外交問題に発展しかねない。
なにより、海賊船でどのような扱いを受けるか。
シーサーペントの残虐な噂を思い出し唇を噛む。
黙ってヤツラの思い通りにされるわけにはいかない。
メグはドレスの裾から左手を入れて、腰の横を探った。
「身体検査はされていないみたいだね」
メグは服の下から手を取り出し、護身用に身につけていたナイフをまもりに見せる。
「ないよりマシだろ。ついて来な」
「ま、待ってメグ」
まもりの制止は聞かず、メグは扉を開けた。
外に見張りはいない。
狭い通路の先には短い階段が上に向かって続いている。
他に部屋もなさそうだ。
メグとまもりはドレスを引きずりながら通路を進み、階段を上る。
階段の突き当たりに取り付けられた扉を頭の上に押し開いた。
潮の香りが強くなり、風が顔に吹き付ける。
ジャマなドレスを片腕で纏めて持ちながら、ひとりずつ順番に外に出た。
メグはドレスを床に広げ、まもりと並んで辺りを見回した。
暗い夜空と真っ黒な海に囲まれている。
船の甲板は思った以上に広く、巨大なマストの下に二人は立っていた。

「探検は終わったか?お姫様」

暗闇から急に声が聞えた。
船の先端に目をやると同時に、甲板の上に備えられていた明かりに火が灯される。
甲板の側面に沿って置かれている明かりの前に黒装束の男たちが並び、メグたちを取り囲んでいた。
メグは左手でまもりの右手を掴んだ。まもりも握り返してくる。

「ようこそ、シーサーペントへ」

船の舳先に置かれた木箱に、髪を一つに結んだ男が大股を開いて腰掛けている。
目元を覆っていた色眼鏡をずらし、メグ達に笑いかけた。
 

拍手

メグとまもりは客を一周して挨拶を終えた。
メグの父がヒルマたち海軍を紹介しだしたので、客たちの標的はそちらに移っている。
隙を見てダンスの申込みをしようとする男たちを素気無く断って、二人で奥まった場所にしつらえられた大きなソファに腰掛けた。
さり気なく寄ってきた給仕が差し出す飲物を受け取り、一口飲む。
メグは背もたれに体を預けたが、まもりはヒルマたちのほうを見ながら背筋を伸ばしていた。
やはりヒルマが気になるのだろうか、とまもりの横顔を見ながらメグは思った。
昼間は否定していたが、ただの皇女と海軍提督とは思えない雰囲気がある。
他人の色恋に興味はないが、これから誘拐を警戒するために行動を制限すると宣言されている身としては、それくらいしか面白がることがなさそうだ。
メグは一気にワインを飲み干して、サイドテーブルにグラスを置いた。
その瞬間、部屋の明かりが落ちた。
この部屋だけではない。見回すと屋敷のどこからも光が見えなくなっている。
女性客たちが悲鳴を上げ始めた。
メグたちはこの程度で騒ぎ立てる性分ではないが、まもりがメグを守るために椅子の上で腰をずらして体を寄せてくる。
「どうしたのかしら?」
「だれかがドジを踏んで屋敷中を真っ暗にしちまったか、そうじゃなければ…」
「うわぁああああっ」
メグの言葉は窓際の男性客が上げた悲鳴にかき消された。
誰もがそちらに視線を集中させる。
大きなガラスの向こうから、首の長い、体長15メートルはあろうかという怪物が目を光らせてこちらを見ていた。
横に伸びる体に比べると小さな頭だが、その中で目の占める範囲はやたらと大きい。
メグの脳裏に幼い頃絵本で見たシーサーペントの怪物の姿が浮かんだ。
ガタンガタンと人が倒れる音にガラスの割れる音、悲鳴が重なる。
怪物の姿に動けずにいたメグとまもりは、騒ぎが大きくなったのを見て椅子から立ち上がろうとした。
突然、背後から椅子に戻らせるよう肩を押さえつけられ、顔を布で覆われる。
鼻にツンとくる臭いが目の奥を痺れさせた。
マズイ、と思ったのは一瞬で、メグの意識はそこで途切れた。

 

******


雪が降りました-!
タイヤを替えていてよかった。

拍手をありがとうございます!
 

拍手

******

屋敷のホールを囲む大きなガラスから煌々と漏れる明かりが庭を照らす。
その光の届かない先は、急に真っ暗な闇だった。
闇の中に数人の人間が息を殺して潜んでいる。
闇にまぎれるために黒い服を着込み、腰までの黒いマントを羽織った揃いの格好で中の様子をうかがっていた。
「ルビーは俺、サファイヤは雲水の獲物だ。他のヤツラはテキトーに頂戴して来い」
ドレッドを後で一纏めにした人物の言葉に周囲が小さく頷く。
「手荒なマネはするなよ」
一人頷かなかった坊主頭が黒い布を頭に巻きながら最後の忠告を与えた。
「バーカ、俺らは海賊だぜ、雲水」
「今回は脅しが目的だ。行動には限度がある。お前が一番心配だ、阿含」
坊主頭の雲水は、まとめられた阿含のドレッドを束ごと軽く引っ張った。
「イテッ、俺がドジするわけねぇだろ」
「お前の軽率な行動はおまえ自身ではなく周りに影響する。とにかく慎め」
「はーいはい」
阿含が肩を竦めると、髪を逆立てた額の中央のホクロが目立つ男が布を頭に巻きながら雲水に話しかけた。
「じゃ、俺が明かりを落としますんで。それを合図にお願いします」
「頼んだぞ、一休」
一休が立ち上がるのと同時に、男たちは決められていた持ち場に散らばる。
屋敷の図面に沿って効果的かつ効率的な配置を段取りしてある。
「俺たちも行くぞ、阿含」
「ククク、かわいいお姫様を誘拐してナニしてもいいってのは役得だな」
雲水はかなり力を込めて阿含の後頭部をたたいた。
「ナニしてもいいわけじゃない。というか、何もするな」
「なーに、妬いてんの?」
「もう無駄口はいらん。先に行くぞ」
伸ばされた阿含の手をはたき落とし、雲水は闇の中に静かに足を進めた。



******


やっとナーガの出番までやってきた~。

拍手、URL請求ありがとうございますv

拍手

カレンダー
05 2026/06 07
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
フリーエリア
Template by Crow's nest 忍者ブログ [PR]